ショートショート
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確率:2分の1ある休日の午後、僕は彼女と昼食を食べに外に出かけた。彼女といっても付き合っているわけではない、仲のいい女友達といったところ。店も行きつけの定食屋。 僕らは窓際の席に座ると、メニューを見ながら、何を食べようか考えていた。 ここの席から見える道路は、休日の昼間なのに車の量はとても少ない。 「ねぇ、この新しいメニュー食べてみようよ」 と、彼女が言ったその瞬間、目の前に光、ビジョンが閃く。 猛スピードでカーブを曲がってくる車。その車体が大きくバウンドする。店のほうに飛び込んでくる。吹き飛ぶ窓ガラス。悲鳴が─── 「危ない!」 とっさに僕は目の前にいた彼女の肩を掴むと、真横へ飛んだ。 その直後、ビジョンに見た車が窓の向こうを猛スピードで走り抜けていった。 「どうしたのよ。突然…」 「あ…ごめんごめん。なんでもないよ」 そういいながら僕は慌てて立ち上がる。服に付いた汚れを払う。周りの変なものを見るような視線が痛い。 さっさとここから逃げ出してしまおう。彼女の手を引っ張って注文をする前に店を出てしまった。 僕には誰も知らない秘密の能力がある。 未来が見えるのだ。 この能力に気が付いたのは、9歳の時だった。 夏休みに車で母方の祖父母のところに行こうと計画を立てていた。 その当日、出かける直前に目の前に奇妙な光景が見えたのだ。 衝撃。爆発。炎。黒煙。燃え上がる車。 その光景は一瞬だったけれども、あまりに生々しい映像に9歳の僕は恐怖を覚えて、家から出たくないと泣き叫んだ。 両親は僕のことを変な目で見たけれど、結局旅行は中止になった。 ところが、その日、高速道路で大きな玉突き事故が起こった。 その高速道路は、旅行計画では通る予定になっていた高速だった。 それから何か僕の身に関わる重大な事件の前には、そういったビジョンが見えるようになった。 もう10年近くこの能力と付き合っているけれど、気が付いたことがいくつかある。 まず、自分では制御できないということ。いくら今ビジョンが見たいと思っても、自分の意思では見ることが出来ない。 次に、ビジョンで見た未来は変えられるということ。さっきのように事故のビジョンを見たとしても、とっさに判断し行動すれば事故から逃げられる(かもしれない)ということ。 そして、僕が見たビジョンの確率は2分の1だということ。さっきはビジョンを見たけれども、事故は起こらなかった。この能力に気が付いてから確立をとっているのだけれど、当たり外れがだいたい2分の1になっている。 当たればビジョンは確実に実現されるし、外れればビジョンは絶対に実現しない。 だから、さっきみたいにかっこ悪い思いをしたのは、1度や2度ではない。 この能力をうまく使えば、大もうけくらいできたかもしれないけれど、僕はそういうことはしなかったし、使えなかった。 僕自身そういうことには熱心になれない性格なのかもしれない。 結局、さっきの店では昼食を食べ損ねたので、通りがかったコンビニでサンドイッチを買うと、近くの川原で彼女と食べることにした。 この能力は彼女にも言っていない。言ってもどうせ信じてもらえないか、気味悪がられるだけだ。 ところで時々、気になるビジョンが見える。 僕がツナハムサンドイッチを取ろうとした瞬間。またビジョンが閃く。 彼女の突然の告白。彼女と付き合い始める。プロポーズ。僕からの婚約指輪。純白の結婚式。誓いのキス─── 果たしてこの未来は当たりだろうか、外れだろうか。 確率は2分の1だ。 |