ショートショート

続〜昔話

 昔、昔のお話じゃ。
 あるところに大きな大きな山があった。
 その山のふもとにはマノケという妖怪が住んでおった。
 マノケという妖怪は見た目は一見小男のようにも見えるが、その顔は一畳もあるほどの大きさじゃった。
 そして、夜道で出会った旅人を大声とその顔で驚かすのを楽しみにしておった。
 しかしこの妖怪は住処にしている洞窟にたくさんの金銀を蓄えておったそうな。
 そして、もしマノケの見た目に驚かず、一晩中面白おかしく酒を酌み交わすことが出来たなら、その人間に金銀を一掴みだけ与えたと言われておった。
 ところがもしその人間がマノケの金銀を全部奪おうとすると、怒ったマノケはその人間を食い殺してしもうたそうな。

 ある日その山の近くにある村に一人の男旅芸人がやってきた。
 男はマノケの話を聞くと、喜び勇んで是非とも会ってみたいと言い出した。
「だんな、止めなせぇ。マノケの金銀に目が眩んだんだろうけども。あいつに会ってもロクなこたぁねえよ」
「何をいうか。目の前に金銀があるのにみすみす見過ごすヤツがあるものか」

「まぁ無理には引きとめァしませんがよぅ」
「なに、俺の芸にかかれば、妖怪一匹や二匹や三匹ものの数ではないわ」
「でもよぅ、だんな。決して欲を出しちゃなんねェよう。マノケはそりゃあ山ほどの金銀をもっているけども、一掴みで満足しなせぇ」
「なぜじゃ」
「もしもマノケの金銀をもう一掴みもう一掴みと欲張ったり、金銀全てを取ろうとすると、あんたはマノケに食い殺されてしまうぞ」
「ははは、面白い。やれるものならやってみろ」
 村人の注意も聞かず、その男は酒瓶を持って真夜中の道をマノケの住む山へを入っていった。
 しかし、夜の山道はとても暗い。
 男は村人たちの前で強がった手前もあって強がって真夜中に出てきたが、実は怖くて怖くてたまらない。
 男は前の暗闇にも、後ろの木の陰にも、真横の茂みにも何か潜んでいるのではないかとびくびくしながら、山道を進む。ともすれば暗い道を駆け出しそうになる。
 そして、四半刻ほど歩いたと感じた頃、ざわざわざわァッっと山の木が揺れたかと思うと、どわあああぁぁっと物凄い叫び声が聞こえてきた。
「で、出たァッ。助けてくれェ!」
 と、男が踵を返したまさにその時、目の前に大きな大きなひげ面が立ちふさがった。
「ひゃァッ」
 今にも足腰が逃げ出しそうになるのを必死で堪えると、その大きな顔を見返した。
 なんでもない顔なのだが、これだけ大きいと見れば見るほど気味が悪くて仕方が無い。
 立ったままそこから動けずぶるぶる震えていると、マノケは男の顔をじろりと男の顔を覗き込む。
「おぅい、お前ェ」
 地の底が震えたかのような恐ろしい大声があたりに響く。
「俺が怖くないのかァ」
「こ、怖・・・いや、怖くない!」
 そういうと男は震える手で酒瓶を出すと、一杯ついで一気に飲み干した。
「うむ。良い酒じゃ」
「良い酒かァ」
 マノケもその酒瓶を手にすると、一杯を一気に飲み干した。
 そうなると、もう宴が始まった。
 男が酔いに任せて踊る踊る。
 身をくねらせ、手を回し、首をかしげて、足を踏み鳴らして、歌う。
 それを眺めて、マノケは大笑い。あの不気味な笑い声が一晩止まなかったとか。
 宴も盛り上がってきて、マノケも男もへべれけに酔ってきた頃に男は恐る恐る、しかしそんなことは顔にも出さず聞いてみた。
「おい、マノケやぁ。お前さんは妖怪だというから人間と違って怖いものなど無いのだろうなァ」
「いやいやァ。わしにもたった一つ怖いものがあるァ」
「ほほぅ。妖怪マノケにも怖いものがあるか」
「うむ。わしは何も怖くないが、たった一つだけ。茸が怖い」
「茸が怖いかァ」
「うむうむ。あの茸というヤツはどうも気色が悪くてかなわん。雨の後なぞにぞろぞろと生えているところなど見ると・・・。もうかなわんかなわん」
 酔ってどろんどろんになった頭にそれだけをしっかと覚えておくと、男はますますマノケに酒を勧める。
 そうするうちに時はあっという間に過ぎて、酒もなくなってくると東の空が白くなってきた。
「うむ。そろそろわしは帰らねばならん。今夜はとても楽しかったぞォ」
 マノケは腰の袋を探ると中から握りこぶしを突き出してきた。手を開くとそこには小指の先ほどの大きさの金のつぶ、銀のつぶが山になっておった。
 男はその金銀が喉から手が出るほど欲しかったが、欲張りな男はぐっと堪えた。そして
「いや、わしは金銀など欲しくない」
「なにィ、お前はこの金銀が欲しくないのかァ」
「う、うむ・・・。欲しくないッ」
 男はもしかしてマノケの気を損ねたかと思うたが、マノケは驚いてはいたがすぐになんとも言えない表情になった。
「そうかそうかァ・・・。お前は変わったやつだのゥ」
 マノケはにやりにやりと笑ってみせる。
「お前は面白いヤツだァ。また明日も酒持って来いやァ」
「お、おう。分かった」
 と言うた途端、日の光が差すとマノケは煙のように消えてしもうた。

 さぁ男はそれから慌てて転げるように村に帰ると、村の人間という人間をかき集めて茸を集めさせた。
 金に糸目はつけない。金なぞ後からいくらでも手に入るのだから。
 あっという間に袋一杯の茸が集った。
 村人は男の奇妙な行動に首を傾げていたが、男だけは袋一杯の茸を眺めながらにたりにたりと笑っていたと。

 そして夜がまたやってきた。
 男は袋一杯の茸を抱えて、暗い山道を歩いていた。
 今夜は昨日ほど怖くない。なんだか足取りも軽く思えてくる。
 はやる気持ちを抑えながら、男はゆっくり歩いていく。
 そうするとまた四半刻ほど歩いたろうか。またマノケが現れた。
 あの縮んだ背と一畳もあるひげ面。
 男はぐいと歯を食いしばると、マノケに向って叫んだ。
「おい、マノケ!命が惜しかったら、有り金全部おいていけッ」
「何ィ、貴様なにをいうとるんじゃァ」
 見る見るうちにマノケの顔が真っ赤になる。
 男は震えそうになる足をしっかり踏みしめ、ちぢこもりそうになる肝に力をいれると、大声で叫んだ。
「有り金全部おいていけェッ!」
 もうもう、マノケの顔は破裂れんばかりに膨れ上がった。
 そして今にもマノケが飛び掛らんとしたときに、男は袋の中の茸を投げた!
「むう・・・」
「どうじゃッ!」
 マノケはなんとも嫌ァな顔をした。真っ赤になった顔があっというまに青く萎んでしまった。
「どうじゃッ!お前の嫌いな茸じゃ!これでもわしを食うかッ」
「・・・うむ。茸かよ。わしは茸が大嫌いじゃ」
「・・・・・・」
「じゃが、鼻をつまんで我慢すれば食べられないことも無い」
 そういうとマノケは嫌ァな顔をしながら大口を開けた。

 そのあと男がどうなったのかは誰も知らない。


教訓:好き嫌いなんてそんなもの

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